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「批判」は、いうまでもなく主観と感情の産物である。ということは、それを受け入れる自分も、主観的であり感情的であっていい。轡田氏は「好き、嫌いがあるのは自然なことで、あったほうがいいくらいだ」ともいう。

そして、「いちばんいけないのは、好き嫌いがあるのに、それを自覚していなかったり、冷静、客観的なふりをしたりすることだ」とつけ加える。その轡田氏は、カルチャーセンターの文章講座でも、生徒にたいして「私にも、好きな文章と嫌いな文章があるので、冷静、客観的な添削ができているとはかぎりません」と公言している。そうすることで、自分の生き方を再確認するのだ。

たしかに、嫌いなものがない人は、感動もないだろう。「好き」という気持ちは、「嫌い」の反対感情である。何かを強烈に嫌う感情があってこそ、何かを強烈に愛する感情が育つといえる。だから、「嫌い」と思う気持ちを、よくないものだとして自分から隠す必要などまったくない。

むしろ、自分が何を嫌いなのかをはっきりと認識することが、自分が何を好きなのかを認識することにつながるというわけだ。何かをはっきりと認識するためには、好き、嫌いの理由を書きだしてみるといい。そうすると、自分が求めている商品のコンセプト(統一的な視点)が見えてくる。

たとえば自分は、なぜA社のビールが好きで、なぜB社のビールが嫌いなのか、あるいは、なぜC社の製品が好きで、D社の製品が嫌いなのか、を考えてみる。自分は消費者のひとりであり、自分と同じ好みをもつ消費者の代表なのだ・・・。

そう思って好き嫌いの理由を考えてみることは、すなわち、ある層のターゲットへの研究を深めることにもなる。好き嫌いの問題は、けっして好き嫌いだけの問題として終わらせないことである。

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